神田沙也加 これまで紆余曲折…アナ役で大ブレイク! 天才型の母親との違いは?

      2017/10/19

神田沙也加といえば『アナと雪の女王』のアナ役の声を務め大ブレイクしたが、母親はいわずと知れた松田聖子。

 

 

因みに父親は俳優の神田正輝、その神田姓を名のり、本名である神田沙也加で活動している。

 

LIBERTY

親が一世を風靡したアイドルとあって、常に2世という事がついて回っていただろうが、今回のアナ役で、広く自身の歌唱力を証明し、評価を受けた。

 

神田の歌唱を聞いて、さすが松田聖子の娘と思った人もいるだろうが、先日、バラエティー番組に出演した際、「歌い方について」の母親との違いを次のように表現していた。

 

自身の歌い方を「感情よりもシューティング」と表し「感情が最初にこなくて、頭で計算して歌うタイプだと話すと、「この音を出す時は、上あごの真ん中らへんをねらおう」とか、頭蓋骨の中の的をねらって歌う」と説明した。

 

また、母である松田聖子のことを「天才型」だと言い、「いつでも正確に歌えて、発声せずに出ていってあれだけ歌えるのを見て、人間ってああいうふうにだれでも歌えると思ってた」とコメントしている。

 

しかし、彼女が14、15歳のころに「私はちゃんと訓練して努力しないとああいう風にはなれない」と感じ、「絶望した」とも話した。

 

そして、自分の声にコンプレックスもあるし、自分の歌にも自信がないので、人の何倍もやって、それでも人以下と思っている、日々挫折だと語っている。

 

日々挫折という神田だが、今までに芸名を4度も変えるという紆余曲折を経ている。

 

神田は2001年5月、江崎グリコ「アイスの実」のCMでデビューし、この時の名前は「SAYAKA」(サヤカ)だった。

 

翌年、「ever since」 (エヴァー・シンス)で歌手デビューし、同曲はフジテレビ系ドラマ『ビッグマネー! ~浮世の沙汰は株しだい~』の主題歌に採用された後、2003年には映画『ドラゴンヘッド』でヒロインに。

 

神田はこの時期に「一気にやらせていただいた結果、なんだかよく分からなくなってしまって」と振り返り、その後の活動休止の決断に至ったという。

 

活動休止中の2005年ごろ、神田が没頭していたのはロリータ専門雑誌の読者モデルで、名前を「Lily(リリィ)」として活動、そして2006年、母・松田聖子の楽曲「bless you」(ブレス・ユー)を作詞・作曲したが、この時の名義は「上原純」。

 

そして、同年、大地真央主演の舞台『紫式部ものがたり』で芸能界復帰すると、4度目にしてようやく本名である「神田沙也加」になった。

 

そして、もともと興味があった声優の専門学校に通っていた神田は、同年7月にテレビアニメ『貧乏神が!』(テレビ東京系)で声優デビューした。

 

アナと雪の女王のブレイクで、TV出演も増えた神田が、某番組の中で、『(親の)七光りじゃないって言われることなんて一生ないと思っていた』と語っていた。

 

親が偉大すぎると、七光りといわれたくないというよりも、いわれて当然というところからのスタートなのかもしれない。
しかも、同じジャンルの仕事を選べば、間違いなく母親と比較される。

 

それでも、自身の力が評価された神田。
これまでの様々な思いや経験もすべて糧となり、現在の大役を射止めるまでになったのかもしれない。

 

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