菅原文太 肝がんで死去 高倉健に継ぐ仁侠映画のビッグスター

      2017/10/19

「仁義なき戦い」「トラック野郎」の両シリーズで一世を風靡した人気俳優・菅原文太さんが11月28日午前3時、転移性肝がんによる肝不全のため、都内の病院で死去したことが1日、分かった。81歳だった。

 

 

菅原さんは、先日83歳で亡くなった高倉健さんの路線だった極めて高いぎきょう心と自制心を持った高倉さんのヤクザの後を継ぐ、濃厚な広島弁を駆使した生き残りのためには平気で仲間を裏切るヤクザを演じた「実録路線」の花形として活躍しており、奇しくもビッグスターが相次いで旅立った。

 

菅原さんは宮城県仙台市出身。
高校まで仙台で過ごし、上京、早大を中退した後は、180センチの長身を生かしてファッションモデルをしていた。
その後、モデルを経て、新東宝にスカウトされ映画俳優としてデビュー、吉田輝雄、高宮敬二、寺島達夫ら二枚目俳優たちと「ハンサムタワーズ」と呼ばれ、親しまれた。

 

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菅原さんの名を一躍押し上げたのは、1973年から始まった広島を舞台に暴力団同士の抗争を描いた「仁義なき戦い」。
シリーズが大ヒットし、東映を代表するスターの一人になった。

 

そして、74年末からスタートした「新・仁義なき戦い」シリーズのほか、75年に公開された「トラック野郎・御意見無用」では、愛川欽也演じるヤモメのジョナサンと人情味あふれるやりとりが人気になるなど、「トラック野郎」シリーズでいずれも日本映画史に残る興行収入を記録した。

 

80年になると、大河ドラマ「獅子の時代」に主演し新境地を開き、その後も大河ドラマ「武田信玄」(板垣信方役)などに出演し、81年以後は刑事ものをはじめテレビドラマでも活躍した。

 

近年はナレーター、アニメーションやコンピューターゲームの声優もこなすなど活躍の幅を広げていたが、2011年3月11日の東日本大震災が俳優人生を劇的に変えたといわれている。

 

山田洋次監督の話題作「東京家族」(13年1月公開)の主演を「どういうテーマであれ、映画を撮っているときではない」と降板。
12年2月には俳優活動を“休業”する考えを表明した。

 

プライベートでは、1男2女に恵まれている。

 

俳優デビューした長男加織(かおる)さんとは、92年にビデオシネマ「ビッグ・ボス」で初共演した。
加織さん主演の映像作品「デコトラ外伝 男人生夢一路」をプロデュースしたが、01年10月に加織さんを踏切事故で亡くすと、その後は「表に出たくない」と、公の場に姿を現すことを嫌うようになった。

 

07年にはぼうこうがんを患うなど、体調を崩しており、12年11月には俳優引退を宣言した。

 

休業に入った12年の11月には自身が名誉顧問を務めるNPO法人「ふるさと回帰支援センター」の設立10周年記念講演で、「俳優? やめた。今は全部デジタルでしょ。そういうの合わんのだよ」と、56年間に及ぶ役者業を引退したことを告白。

 

山梨県内で農業を営みながら、国民運動グループ「いのちの党」を結成。代表として同年12月から活動をスタートさせていた。

 

高倉健さんに比肩する昭和の一時代を築いた映画スターだった菅原文太さんのご冥福をお祈りしたい。

 

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