羽生結弦選手は中国・上海で8日に行われたグランプリ(GP)シリーズ第3戦の中国杯で、フリー演技直前の練習中に中国選手と激突し転倒、試合後にカナダには戻る予定だったが、9日に精密検査を受ける為、日本に帰国した。
日本スケート連盟は10日、東京都内の病院で精密検査を受けた羽生の検査結果を、頭部挫創(切り傷)の他に、下顎(したあご)の挫創、腹部と左太ももの挫傷(うちみ)、右足関節捻挫など、全治2~3週間との診断を受けたと発表した。
幸いにも脳には異常が認められなかったという。
羽生選手は「皆様にはご心配とご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいですが、まずはゆっくりと休み治療したい」とのコメントを出した。
GPシリーズ第6戦のNHK杯(28~30日、大阪・なみはやドーム)への出場は回復状態を見て判断するという。
この試合を見ていた人は、満身創痍の状態で滑った羽生に対しての賞賛と、本当に滑って大丈夫なのか、羽生自身の将来の為にも無理はして欲しくないという気持ちとの葛藤だったのではないだろうか。
羽生は、この前に出場予定だった試合を持病の腰痛のため欠場、今大会は新プログラムの初披露となる場でもあり、意気込みも大きかったことだろう。
しかし、衝突後に再び登場し、何としても滑るという羽生の強い意思を感じたものの、あまりのショックな出来事に、羽生の初披露となるフリーのプログラムを、その滑りを見たいという気持ちはどこかへ行ってしまい、羽生の身を案じて、この試合を棄権して欲しいと願っていたファンも多かったかもしれない。
GPシリーズのうちの一線に過ぎない大会だったにも関わらず、深い感動があった大会だったと、羽生とエン・カンが衝突後に絶望的と思われた試合への出場をしたことに対して、「まるで負傷した兵士が弾丸の雨が降る戦場にもどっていくかのようだった」と喩えていた。
初めて日本人選手のために泣いたという記事も見られた。
二人とも何とか滑りきり、終わってみれば、皆、その精神力とともに二人を称えたが、美談で終わらせる事はできないという声もあがっている。
日本スケート連盟の伊東秀仁フィギュア部長によると、日本チームには今大会、医師が同行しておらず、2人の激突後に羽生選手は米国、閻涵(エンカン)選手はカナダのチーム医師の診察を受け、競技に支障がないと判断された。
伊東部長は「(氷には)頭を打っていなかったし、医師のゴーサインもあった」と述べ、フリー演技を行った判断に問題はなかったとの認識を示したが、脳神経外科医らで組織する日本脳神経外傷学会員の野地雅人・神奈川県立足柄上(あしがらかみ)病院医師は、テレビや新聞の報道を基に推測した激突後の羽生選手の状態が
(1)すぐには立てなかった
(2)視点が定まらなかった
(3)コーチとの会話で混乱があった
(4)演技で5回も転倒し、バランス感覚を失っていた
ことなどから、脳しんとうが疑われたと指摘し、絶対に演技をさせるべきではなかったと懸念した。
今日、TVのニュースなどでは、上記の診断に加え、左足は軽い肉離れも起こしており、ぶつかったときの衝撃は推定500キロ、アッパーを食らったボクサーのような状況だったのではと伝えられていた。
ボクシングであれば、レフリーストップの状態だろう。
羽生のことを報じていた各局のニュースでも、今後の防止策が急務なのではと言った声もあがっていた。
フィギュアの大会では6人程度の選手がひとつのリンクで同時に練習を行うのは通例だが、日本選手だけで見ても、高橋大輔と小塚崇彦の激突など、少ないとはいえ事故は起こっている。
しかも、近年4回転ジャンプを跳ぶ選手が増えたことにより、以前よりも練習中のスピードが上がる為、衝突したときの衝撃は大きくなるのではといわれている。
同時に練習する人数を絞るなどの再発防止策や、脳震盪を起こした際の明確な基準、医療体制の改善等、今後、この事故をきっかけに、検討すべき事項が指摘されている。